about
キッチン

「トサカンムリをかぶって」

私が5歳になる頃の夏祭りの夜、ヒヨコのヒヨ太郎は我が家の一員となった。
私たちは約9年間、寝食を共にし、よく笑いよく鳴き、たくさんの思い出を作った。寝食?と思われるかもしれないが、ひよ太郎は家の中で暮らしていたし、電車や車にも乗ったことがあって、旅やお出かけも一緒にした。お蕎麦や玄米が主食で、生クリームたっぷりのケーキが好物で……。ヒヨ太郎は私より5歳も弟だったのに、あっという間に私を飛び越えて大人になってしまった。ニワトリになっても名前はヒヨ太郎のまま。ああ、会いたいよ、ヒヨちゃん。

それはそうと、ヒヨ太郎の鶏冠トサカは、カラスも羨むほどのそれはそれは立派な出で立ちであった。そして、喜怒哀楽のバロメーター。嬉しいときには、ホカホカと使い捨てカイロのように温かくなり、寂しいときには、まるで日陰のサボテンのようにザラザラと黒く冷たくなった。

月日は流れ、パン屋で働いていたある日。バゲットの成形をしながら、なぜかヒヨ太郎のことを思っていた。立派な鶏冠だったな~って。そして、ふと頭に浮かんだ疑問を同僚らに問うてみる。
「トサカンムリって部首あったっけ?クサカンムリみたいなやつ。」
「あったかな?」「あるかも?」「ないんじゃない?」
返ってくる答えの語尾にはおおよそ「?」マークがついていた。すでに「食」にまつわる道に進むことを決め、屋号を探していた私。あるかもしれないし、ないかもしれないトサカンムリがとても気になった。トサカンムリという部首らしきものを、「食」という字にかぶせて妄想。さて、それをなんと読んだらいいかしら……と思っていたところに、お店の電話がプルルルル。
「お世話になります!東京○○フーズでございます!はい、火曜日分はいかがでしょうか?」
材料の注文を聞くおねえさんの元気な声だった。
「あら。フーズっていいかも!」

こうして私は、ヒヨ太郎自慢の鶏冠を受け継ぐことをやわらかく決心したのだった。
トサカンムリフーズのはじまりはじまり~


三田真由

三田 真由(さんだ まゆ)

TOSAKANMURI FOODS主宰
フードクリエーター・パン職人

和歌山県本州最南端付近(海)で産声を上げ、京都府南部(山)で育つ。
某ファッションデザイナーに憧れて武蔵野美術大学空間演出デザイン学科ファッションデザインコースに入学するも、ファッションより「モノの命」について考える日々を送る。結論はでないまま同大学院修了。舞台の小道具制作工房で2年半を経た頃、自らがつくり出したモノへの最大の供養は、それらを食べてしまうことなのではないかと気がつき、「食を通したモノづくりと表現」を目標にかかげる。そのための「食」の技術を身につけるべく、都内のパン屋に飛び込んで5年間の修業。

2006年にTOSAKANMURI FOODSを始動し、「食」にまつわるイベントやケータリング、雑誌、映画のフードなどさまざまに展開中。「モノの命」についてはずっと考え中。2009年よりアトリエにて「パン屋 tOki dOki」もときどき開店中(2017年に三鷹から西荻窪に移転)。調理師免許証は持っていないけど、ガス・アーク溶接講習修了証は持っている。だいたい明後日の方に何かを見ている。